編集部便り

編集部便り【2016年】

骨折の話(2016年12月08日)


骨を折ってしまいました。
利き腕である右手首の骨を。
どのような経緯で折ったかといいますと。


この秋、有給をとって、温泉好きの友人達8人組で四国へ旅行に出たその初日の出来事です。


一行はまず、高松空港に降り立ち、バスで空港通り一宮駅へ。そこから歩いて空港通り駅で琴電に乗車し琴平駅まで。
ここで、徳島は祖谷渓のかずら橋を渡る4人組と、本宮まで785段あるという石段を登るこんぴら参詣の4人組とに分かれました。


天気は折悪しく小雨がそぼ降るなか、石段を仰ぎ見て自分の体型を振り返り、はや参道でウドンだけ食って登るのをあきらめた2人を置いて、10歳下ながら杖をついて登る西川口のK氏と、手ぶらで軽快に登るわたしの2人連れ。


一之坂、金刀比羅本教総本部、書院前庭を通り桜馬場西詰銅鳥居御厩の「神馬」を見るなどして登り続け、無事本宮にお参りをしての帰り道。「雨で下が濡れているから、下りは気をつけよう」とK氏に声を掛けたのはわたし。


『木登り名人』の「失敗は、易きところになりて、必ずするものでございます」の教訓も生きなかったのか、初めのうちこそ手すりにつかまり慎重に下って行ったものの、帰路も半ばまできたとき、石段と石段の間になだらかな傾斜のある石畳に一歩踏み込んだら、いつの間にか上がった雨で濡れていたためか、もののみごとにスニーカーがすべり、K氏いわく「体が宙に浮いていた」という体(てい)で転倒。


無意識にかばった右手にたっぷりと体重が乗っていたのか、あっという間に右手首の形は軽く「Z」の字を描く。慌てて左手で右手首を握りまっすぐにしようと空しいチャレンジをするもどうなるものではなく、右手首を握ったまま立ち尽くす男。
だんだんと血の気が引いていくのが自分でもわかるのですが、口から出るのはこんな場合の常套句「大丈夫です…」というセリフだけ(全然大丈夫ではない)。


強引に救急車を呼んでくれたK氏のおかげで(自分じゃなかなか呼びづらいもんです)市内の病院に運び込まれ、無事に治療をしてもらうことができました。
人生初の救急車体験でした。


病院で患部を仮固定してもらい、「あとは東京へ帰って、見てもらって下さい」という医者の言葉と折れた手首のレントゲンを焼いたCDをみやげに、青菜に塩の有様で皆の待つ旅館に到着します。


しかし、遊びに来て骨折なんぞするやつは「ドジ」ってんで、皆からは口だけでしか同情してもらえず、「ブログに載せたいんで、ちょっと撮っていいですか」などと嬉しそうに言われる始末。
その日は、お目当ての温泉にも入れず、酒は形だけ、食事はやけで全部食べ(もちろん左手で)早めに寝てしまいました。


翌日は、一瞬このまま予定をすべてキャンセルして帰途につこうかと思いましたが、2日目以降の宿や食事、知人と会う予定なども決まっていましたので、あまりにもったいなく、また、企画、予約してくれた友人にも申し訳がないので、そのまま旅を続けました。
風呂は腕をゴミ袋でつつみ、食事はスプーンやフォークを使って乗り切りました。
会社や身内には3日目に連絡をしました。


さて、東京へ帰って、友人と別れたその足で地元の病院へ。
「手術もひとつの選択肢」「手術をすれば右手は来週からでも使える」などと医者から言われ、さすがに商売道具の右手を一月使えないというのは面目がないのですぐに決心し、翌日の午前中は出社して仕事の手配をすると、その日の午後から入院、翌金曜は休ませてもらい手術、日曜日に退院で月曜から出社という段取りにしました。


プレートで手首を固定する手術は無事終わり、現在はリハビリの真っ最中というわけです。


出社当初は、確かに医者のいうとおり翌週から字などはかろうじて書け、パソコンのキーボードもそろそろと打てるが、手首は思うように曲がらず、回転させることはさらにできずという状態。なんとか人に頼ることなく仕事はこなせたのですが、いかんせん痛い。ただ、骨折はそのうちに治るという目処がついているのが救いでした。


今は痛みもだいぶ取れ、万全ではありませんが手首の可動域もだいぶ広がりました。


 思えば、ちょうど10年前、やはり雨上がりのなか、自転車の前輪がマンホールの蓋の上を通る際にブレーキをかけたことで転倒。その際は右の鎖骨を折って、やはり手術をしたことを思い出しました。
そのときは今回よりさらに痛かったのですが、医者に「手術前はたばこを吸わないほうがよい」と言われたことがきっかけで、結果としてそれまでどうしてもできなかった禁煙を果たすことができました。
今回もなにかそのような災い転じて福となすような、文字通りのけがの功名があるとよいのですが、それは欲というものでしょうか。


人の成功はあまり参考にはなりませんが、人の失敗は参考とするところ多、と申します。多少なりとも皆様の事故予防のお役に立てたらと思い、報告させていただきました。
雨上がりの際はどうか足下にお気をつけ下さい。


(書籍編集課・T)

○○○の知らない「子供将棋大会」の世界(2016年10月28日)

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最近、色々と注目を集めている将棋界。
今回は、その中でもプロではなく、アマチュア、しかも子供たちが主役の「子供将棋大会」の世界をちょっとだけご紹介したいと思います。


子供将棋大会というと、普通はデパートの屋上や催事場、公民館などで行われるようなイメージを抱かれるでしょうか。実際、子供に限らず将棋大会の多くは、そのような場所で開催されています。ですが、今回ご紹介する大会は規模が違います。
「テーブルマーク こども将棋大会」東京大会。冷食メーカーがスポンサーの全国規模の大会です。
会場は、ビジネスショーやコミケで知られる東京ビッグサイト。
ここに小学生以下の子供たちが集まり、低学年と高学年に分かれ、それぞれで優勝を決める戦いが繰り広げられます。
その数は子供だけでも3,000人以上、そこに5,000人近くの保護者が付き添いとして同席するので、イベント規模としては1万人近いものになります。
保護者の人たちは子供たちの対局スペースには入れないため、3,000人の子供たちを、倍の数の大人たちが囲み見守るという壮大な構図ができあがります。
写真にある会場の様子は、全体の一部で、四方同じような光景が広がっています。
大会では低学年と高学年に分かれた後、20人くらいの小グループに分けられます。
この小グループ内で、三局の「予選」を行います。
有段者~初心者まで実力ごとに分ける大会もありますが、ここでは有段者も初心者も同じグループで予選を戦います。予選通過の条件は三戦全勝。有段者同士で星をつぶし合うこともあれば、ついこの間将棋を覚えました、という子が対戦相手に恵まれて予選を通過することもあるそうです。
そうやって、1グループ数人の全勝者が決勝トーナメントに進みます。
決勝トーナメントというと優勝までの道のりが見えてくるように感じますが、トーナメントの一回戦から決勝戦までは7~8局を勝ち上がらなくてはなりません。高校サッカーは全国大会、つまりトーナメントの1回戦まで勝ち上がった時点でベスト48ですが、今大会の1回戦はベスト180。凄いのかどうか判断に迷うものになります。
それでもここからは対局時計も設置され、運よりも実力がものをいう、ガチンコ勝負が始まります。
そうして3,000人の頂点に立った優勝者は、低学年でもアマチュア二段や三段の実力があり、腕に覚えのある大人でも簡単に勝てる相手ではありません。


将棋大会にプロ棋士は来ますが、アイドルが来るわけでもテレビ中継が行われているわけでもありません。子供たちの目当ては将棋。それだけ、今の子供たちには将棋が一つの文化として根付いているようです。
近年、教育現場も将棋に注目しているようで、先を読む思考力や、正しい所作など、将棋を通じて多くのことを学び取って欲しいと、学校にプロ棋士を招いて話をしてもらう活動も、さかんに行われています。


そろそろクリスマスプレゼントを考え始める時期。候補の中に、将棋セットを加えてみるというのはいかがでしょうか。


せっかくなので、最後にちょっと珍しい将棋本を紹介します。
森信雄七段著 「逃れ将棋」(実業之日本社)
これは「詰め将棋」ならぬ「詰まない将棋」で、いかに王手の状態から逃げ切るか、という逆の視点からの将棋問題集です。表紙の図(持ち駒に歩・香・桂・銀・金・角・飛)を見て、詰まずに逃げ切れる一手を見つけられた方は、手にとってみてはいかがでしょうか。


(国語課・T)

身のまわりの科学(2016年06月10日)

ついに東京も梅雨入りしたようで,本格的な雨の季節に入りますね。


どうやら関東甲信地方では雨の日が少なくなると予想されているようです。
気象庁によると,5月上旬から降水量の少ない状態が続いており,平年の降水量を大きく下回っているところがあるそうです。今後1週間ほども雨の少ない状態が続く見込みとのこと。
また,首都圏の水がめともいわれる利根川上流8ダムでは,冬の降雪量が少なかったこともあり,貯水量の減少が続く見通しのようです。
節水の夏になってしまうのでしょうか…。


さて,この梅雨というのは,曇りや雨などのぐずついた天気の日が多く現れる現象で,これは日本の北に位置する低温で湿ったオホーツク海気団と,南に位置する高温で湿った小笠原気団がぶつかり合うところにできた,停滞前線の影響です。小笠原気団の勢力が強くなっていくと,停滞前線が北上していき,やがて梅雨明けとなります。


これは中学理科で学習する内容なのですが,みなさん覚えていましたか。
学生時代に学習しているはずなのに,そういえば…何だっけ?
もはや習った記憶すらないなんてことも…。


考えてみて下さい。理科で学習する内容って,私たちの生活のすぐそばにあると思いませんか。
梅雨など天気に関することほかに地震や火山の噴火,人間の体のつくりや機能,地球から受ける力,すべての物質の元となっている原子,…などなど。良く考えてみると,どれも日常生活に関わっているし,それぞれがつながり合っていることだってあります。
でもそれらは「あたりまえ」になっていることが多いと思います。


晴れた日の空は青い。
雨雲は黒い。
夕焼けは赤い。


どうでしょう。どれも「あたりまえ」かもしれません。でも,なんでそうなのか考えてみたことはありますか。


子供の頃は,何にでも興味を持って「なんでだろう?」と考えることがたくさんあったはずなのに,今では少なくなったように思います。よく考えてみると日常生活の中にはたくさんの「なんでだろう?」が転がっているのではないでしょうか。「あたりまえ」で終わらずに,少しふみ込んでみませんか。


この梅雨の期間,休日に雨が降って予定が無くなるなんてこともあると思います。そうしたら,何でも良いので身のまわりの科学について調べてみて下さい。大人になった今,テストのために勉強するわけではありません。あの頃と違ってずいぶん気楽に楽しく学べるのではないでしょうか。そして「あたりまえ」だったことがいつもと違って見えてくるかもしれません。


(理数課・T)

誕生日のパラドクス(2016年05月31日)

代わり映えのない毎日が続いているとつい忘れてしまうが,人間とは日々,確実に老いていくものである。それを,毎年嫌でも実感する日がある。誕生日である。


「誕生日のパラドクス」とは「何人以上の集団であれば,同じ誕生日の人がいる確率が50%を超えるのか」という問題である。有名な問題なのでご存知かも知れないが,いかがだろう。何人くらい必要だと考えるか。結構な人数が必要だと考えるのではなかろうか。
実は,パラドクスというだけあって,これが意外と少ない。計算してみると答えは23人になる。


実際に「23人の集団の中に同じ誕生日の人がいる確率」を求めてみよう。
数学Aで学ぶ「余事象」(考え方は中学でも学習する)を用いる。


(同じ誕生日の人がいる確率)=1-(同じ誕生日の人がいない確率)
   1-(365×364×363×…×343/365の23乗)=0.5072…≒0.5
このように,50%を超える。 (Wikiなどに詳しい解説があるのでご参照を)
「1クラス40人の中に同じ誕生日の人がいる確率」だと,
   1-(365×364×363×…×326/365の40乗)=0.8912…≒0.9
と,およそ9割の確率で,1クラスの中に同じ誕生日の人がいることになる。


では,「1クラス40人の中に自分と同じ誕生日の人がいる確率」だとどうだろう。


   1-(364/365)の39乗=0.1014…≒0.1
およそ10%の確率でいることになる。
義務教育は9年なので,9年間毎年クラス替えがあったとすると,
   1-(9/10)の9乗=0.6125…≒0.6
およそ60%の確率で,義務教育の間に自分と同じ誕生日の人がクラスにいたことになる。高校までの12年と考えれば,約70%の確率になる。1年は365日もあるのに!これは案外高確率なのではないだろうか。


とまあ色々と計算してみたが,クラス替えがない年があったり,クラス替えをしたところでクラスメイトがほとんど一緒だったりもするので,実際の確率はこんなに高くはない。そもそも私自身,同じ誕生日のクラスメイトには出会ったことがない。
この他に身近な確率として有名な問題といえば「モンティ・ホール」「2つの封筒」「3人の囚人」などだろうか。たまには,頭の体操がてらこんな問題を考えて,老いに抵抗してみてはいかがだろうか。


(理数課・M)