編集部便り

編集部便り【2014年】

杉並中央図書館のイベントに参加しました!(2014年04月28日)

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『パンダ銭湯』 tupera tupera 作 (絵本館 2013年8月)

会社から歩いて5分ほどのところにある、杉並区中央図書館。
私たちが素材文探しや企画資料探しで、よくお世話になるところです。

実は4月26日(土)に、その中央図書館で、
あるイベントが開催されたため、私も参加してきました。
絵本館の有川社長が講演される、「想像力と絵本」という会です。

絵本館といえば、先日編集部便りでもちょこっとご紹介した
『パンダ銭湯』(tupera tupera 作)が昨年大ヒットしたほか、
名作を数多く出版されてきた、絵本専門の出版社です。

同じ荻窪で事業を展開されている上、
何度か、著作権関連でご協力を頂いたこともあり、とても気になっていました。
ちなみに、有川社長が絵本館を立ち上げたのは、私と同じく29歳の頃だったとか。
身の引き締まる思いです。

講演会では、絵本の「見返し」の部分の配色を一瞬で決めてしまう
(もちろん絶妙な色づかいで!)絵本作家・五味太郎さんのセンスのすごさや、
福音館書店の松居直さんとの思い出、ご夫婦で作品を作られている
tupera tuperaのお二方の仲むつまじい様子など、
絵本好きにはたまらない、楽しいお話をたくさん聞かせて頂きました。

講演会も後半にさしかかったとき、後ろの方で「ざわ……ざわ……」
なんと、tupera tuperaの亀山達矢さんが登場!!
そして、『パンダ銭湯』を朗読して下さいました! 感動!

そしてそして、会の終盤に、また後ろの方が「ざわ……ざわ……」
振り返ってみると、なんとそこには五味太郎さんご本人が……!

もともと私は絵本の仕事がしたくて東京に出てきたのですが、
いやー、生きてきて良かったなと思いました。
その頃、娘は託児所で私の帰りを待っていました……ごめんよ……。

なお、今回の講演会の中で、非常に心に残った話があります。
それは、有川社長が話されていた、絵本のあり方についてです。
「絵本は、くだらないことを楽しめるものだ」
「予定調和の展開から抜け出せない絵本ばかりでは、子供たちは育たない」
……調和がとられていなければならない、くだらない情報は載せない、というのが
教材だけでなく、多くの本において当然のルールといえます。
でも、幻冬舎エデュケーションの『トリック迷路』の制作に携わったときや、
企画を作っているときのように、ルールをふりほどいて、
色々な視点から物事を見、自由な発想をアウトプットしてみたい!
今回の講演会はそんな思いにさせてくれました。

(社会課・K)

無限の可能性を秘めた子どもたち(2014年04月14日)

2014.4.14

『世界を変えた人が、子どもだったころのお話』(PHP研究所・編/2010年4月)

書店に立ち寄ることがあると、職業柄
ついつい、子ども向けの本にチェックが入ります(☆ω☆)キラーン

最近の子どもたちって、何に興味があるのかな…と
思わず心の中でメモを取ることもしばしば((((φ(=ω=+ )
(オバケやUFOって、永遠の人気者ですね…!)

ふと、伝記マンガのラインナップを見ると、
野口英世やナイチンゲールなどの定番にまざって
「スティーヴ・ジョブズ」氏や「松井秀喜」氏などがあるのにビックリ(๑º ロ º๑)!!

変わりダネとしては、
インスタントラーメンの開発者「安藤百福」さんなんて方も
ラインナップされています(Ο´∇`Ο)

そんななか、目を引いたのが今回ご紹介する本(^_^)。
坂本龍馬やマザー・テレサなど、誰もが知っている偉人たちの
「子どもの頃はどんな子だったのか」のみにスポットをあてて
紹介する、異色の伝記本なんです!

これがなかなかおもしろいのは、
ひとりの偉人につき、ひとつの見開きでまとめているので
とても見やすく、またたくさんの偉人の子どもの頃だけを
おおづかみで理解することができる所なんですΣd(゚∀゚d)

これって、子どもたちが偉人を知るいいきっかけになるなあ!
と思いました。

身近なお子さんにプレゼントしても
喜ばれるかもしれませんね(ご両親に…〈笑〉)。

個人的には、湯川秀樹が「分子は割れるか割れないか」で
兄弟げんかした…(^^;)というエピソードがツボでした。
(ハイレベルすぎ☆)

(国語課・K)

春にまつわる名句・名歌(2014年04月04日)

2014.4.4

春ですね……(^^)/~~
桜も満開から散りかけに(*^_^*)?
今年はちゃんとしたお花見がまだできておりません(>_<)メソメソ

さて、この時期になると、ふと頭に浮かぶ名句・名歌があります。
今日はそのいくつかをご紹介しますね☆

◆外(と)にも出よ触るるばかりに春の月

大好きな俳人、中村汀女(なかむら・ていじょ)のなかでも
ひときわお気に入りの句です(^_^)v
春の月って、他の季節よりも空が霞がかっているからなのか
いつもより大きく、そして幻想的に見えるときがあります。
それを見つけた汀女さんが、近くの友人たちに
「外に出てごらん、お月様がさわれそうよ」と
呼びかけた句、と言われています。
なんだか穏やか~な情景が目に浮かびますね(^o^)

また、春といえば、何か新しいことを始めよう!
という気持ちが高まる時期。

◆春風や闘志いだきて丘に立つ (高浜虚子)

虚子のこの句、とても爽快感があると思いませんか?
新入社員の方々も、きっとこういう気持ちなんでしょうね☆

春の名歌だと、こんなものがありますね。

◆ひさかたのひかりのどけき春の日に
 しづ心なく花のちるらむ (紀友則)

超メジャーな和歌ですが(^^;)
あらためて詠んでも心にしみます(-_-)
春って何やかやあって、わけもなく落ち着かず、
まさに「しづ心なく」って感じなんですよね。
ましてや、今を盛りとばかりに咲き誇っていた桜が
どんどん散ってしまう…
ああ…お花見したかった…(^^;)

春は天気もめまぐるしく変わりますね。
雨が降ると思い出されるのが、正岡子規の

◆くれないの二尺のびたるばらの芽の
 針やわらかに春雨の降る

「の」が連続することで、歌に心地よいリズムが生まれ
まるでシトシトと降る春雨の音が、聞こえてくるかのよう…(^^)


こういった俳句・短歌を理解し、楽しむことができると思うと、
しみじみと、日本人に生まれてよかったなぁ、と思います…(^_^)

(国語課・K)

『東京バス散歩』(2014年04月01日)

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『東京バス散歩』 白井いち恵(京阪神エルマガジン社 2012年6月)

テレビ中継でアナウンサーが羽生結弦選手の出番を告げたので,こちらも神妙な面持ちで呼吸を整えます。そして「パリの散歩道」のイントロに合わせてゲイリームーアさながらのロングサスティーンでギターをかき鳴らすと,「うるさい!!」と隣に座る妻が一喝。恥を承知で申しますと,国民全体が盛り上がるほどのスポーツ観戦ですらほとんどしない私なので,妻が羽生選手にラブコールを送り浅田真央ちゃんに涙している間はとても手持ち無沙汰なわけでございまして,「トリプルなんとかだの,言われないと分からないし,言われてもわかりませんよね」と話しかけるも無視される始末です。ですが家での呼称が「おじい」である私にはテレビ番組の選択権などはなく,静かに見ているか,時にまとはずれな相づち「今のは痛そうですねー」などと挟むことしかできません。

それにしましても,どろどろの哀愁が漂う「パリの散歩道」と羽生結弦くんというあどけない好青年の組み合わせが一見アンバランスにも思えましたが,世の女性陣が胸ときめかせているのはむしろこのギャップであろうかと思い巡らせますと,「バランスのとれたアンバランス」にこそ人々は魅せられているのかとハッとします。

日々の仕事に置きかえますと,編集は言わば机上の整理整頓のような,雑多なものから秩序立てていく側面があります。学習参考書の類であればきちんと作られた安定感のある本に「あぁ勉強したなあ」という感覚を覚えそうですが,一般書とりわけエンターテイメント色の強い本を出版社様向けに提案するとき,スイッチをひとつきりかえて,多少アンバランスな要素をどこかに残しても良いのかもしれません。秩序立ったものが何かしら一筋伏流してさえいれば,読み物としては一応成立するような気もしますので,「バランスのとれたアンバランス」を含む冒険的な書籍の企画を考えたいものです。

…というようなことを,浅草から池袋を走るバスに揺られながら,夢うつつで思い耽っておりました。「浅草→池袋」という1時間のひとときは,おすすめのバス散歩ルートです。バス散歩本も意外にたくさんありますが,表紙をご紹介している『東京バス散歩』は,地図や挿絵が手書きで不思議と読み込みたくなってしまいます。4月を迎えて,暖かいお散歩シーズンとなりました。花粉を恐れず,どんどん出掛けましょう。歩くと足が痛くなります。休日に足が痛くなりたくない方,またはご自宅に昼寝スペースがない方に,バス散歩はおすすめです。

(英語課・I)

「かもしれない」は素晴らしいかもしれない(2014年03月28日)

「りんごかもしれない」2014-3-28

『りんごかもしれない』(ヨシタケシンスケ作 ブロンズ新社 2013年4月刊行)

一校舎に入社して早4年。仕事に追われ、育児に追われ、後輩ができ……ついに20代最後の歳を迎えた筆者ですが、最近は、色々と余裕がなく、身近な物事に対して「●●は××かもしれない」と思いを巡らす機会がずいぶん減ってしまいました。
あったとしても、いわば危険回避型の「かもしれない」が多い気がします。

たとえば仕事場で……
「この図版は著作権に引っかかるかもしれない」
「解説に大幅な加筆が入ったから、問題とのリンクを再確認した方がいいかもしれない」
「相手の誤りを指摘したいが、オブラートに包んで伝えないと気分を害するかもしれない」
「来週金曜の新入社員歓迎会、楽しみだなー」→飲み過ぎて妻に締められるかもしれない

やっぱり、どこか後ろ向きなんですよね。これが大人になるってことなのかな……。

そんな中、井荻駅前の本屋さんで目にしたのが、『りんごかもしれない』(ヨシタケシンスケ作 ブロンズ新社 2013年4月刊行)という絵本。2013年のMOE絵本屋さん大賞で、1位を受賞した人気作です。
(ちなみに、パンダがまさかの●●を××して私の度肝を抜いた絵本『パンダ銭湯』は6位にランクインしていました。昨年も良い絵本がたくさん出ていたんですねえ)

この絵本は、学校帰りの男の子がテーブルに置いてあったりんごを見て、「実はりんごって、○○なのかもしれない…!」と色々な妄想を膨らませるお話なのですが、その妄想の一つ一つが秀逸!

「実は、ブドウゼリーの容れ物なのでは?」
「あんごとか、んんごとか、たくさんの兄弟がいるのかも……!」
「実は、ぼく以外の人間はみんなりんごなのかも……!?」
ユニークな発想がてんこ盛りで、ページをめくるたびに新鮮な驚きが待っています。絵もどこかシュールで、クスッとさせられます。

思い返せば、小さい頃は、いろんな「かもしれない」が次から次へと浮かんできたものです。

「学校からちょうど500歩で家に帰れたら、いいことがあるかもしれない!」
「ぼくはツタンカーメンの生まれ変わりなのかもしれない!」
「自分と同じように、望遠鏡で誰かを捜している宇宙人がいるかもしれない!」
「穏やかな心を持っていれば、怒りで髪の毛が金色になるかもしれない!」

大人にとって、自動車の「かもしれない運転」のように、いざという場合を想定し、それを回避することは、生きていく上では不可欠です。特に編集の仕事をしていると、小さな過信が大きな見落としにつながったり、一緒に仕事をしている方々との認識のずれが仕事全体に影響を与えてしまったりしないように気を配ることが大切だなあといつも実感させられます。
しかし、そのようなリスク回避に全ての神経を使ってしまうのは、あまりに寂しいものです。子供の頃の発想に戻ることは難しいかも知れませんが、下のような、大人なりの発展想像型「かもしれない」が増えれば、仕事も私生活も、もっと充実した楽しいものに変わるのではないでしょうか。

「こうすればお客さんは喜んでくれるかもしれない」
「余裕がなく、つい非効率的なやり方をしたけれど、もっといい方法があるかもしれない」
「こういう本を作ったら面白いかもしれない」
「自分には意外な才能がまだ眠っているかもしれない」
「『りんごかもしれない』を繰り返し読ませれば、娘はノーベル賞をとるかもしれない(親バカ)」

そんな想像力を膨らませられるような場所はないものか……。
あります!
私がおすすめするのは、JR高円寺駅北口から徒歩5分ほどのところにある喫茶店「HATTIFNATT」です。男性はちょっとなじみがないかもしれませんが(私は何のためらいもなく入りますが)、まるで絵本の中の世界のような素敵な空間が広がっているお店です。
夜はおしゃれなカクテルを楽しめるのも嬉しいですね。
ここで仕事の打合せをしたら、膨大な「かもしれない」が降臨しそうなんだけどなー……。

(社会課・K)

「百聞は一見にしかず」(2014年03月25日)

2014.3.25「目でみることば」


『目でみることば』(おかべたかし・文/山出高士・写真 東京書籍/2013年2月)


国語の教材を作る仕事をしていると、
ことわざや慣用句について、普通の人より若干多めに考えることがあり
書店に行ってもそういった関連本に目がいきがちです(*^_^*)


この写真集もそのひとつ。


たとえば、「羽目を外す」の「羽目」ってどういう意味(-_-)? と、
ふと疑問に思ったことはありませんか?


そんなとき、この本をぱらぱらとめくると…
なんと、ビジュアルで「羽目」が載っているんです!


「羽目」とは…もともと「馬銜」(はみ。一発変換できない…)という馬の口にくわえさせる馬具(バグ。コンピュータプログラムの欠陥ではありません)を指す言葉だそうで、これを外してしまうとお馬さんが言うことをきかなくなることから、「はみ→はめ」となったんだそうです。


確かに金曜夜の荻窪にも、
「馬銜」が外れているお父さんがいっぱいいますね~ww


語源って、「あ、やっぱりそうだったんだ」と思っていたものと
「そんな語源だったなんて知らなかった!」
との二つに分かれると思うのですが、
この本にはその両方が載っていて、しかもビジュアル付きなので
なかなか役立つこと請け合いです(^_^)v
写真集としても美しい。


ちなみに「おしどり夫婦」の説明で
「(実際は)繁殖期だけのことで、
本当はそれほど仲良しというわけではない」と
書かれてあって(>_<)ちょっとガッカリ☆


(国語課・K)

「嵐が丘」(2014年02月28日)

wuthering[1]

007イラスト[1]

中学生や高校生向け英語教材の編集をしていると、この英文、こんなふうに和訳したら格好いいなあ、とか、こう訳すと雰囲気がよく出るなあ、などと思うことがあっても、「なるべく直訳的に」といった縛りのためにそうもできず、歯がゆい思いをすることがよくあります。そのストレス解消というわけではありませんが、小説や映画などの原題を巧みに、あるいは味わい深く訳した邦題を取り上げて、少々大げさではありますが、その魅力の源泉について考えてみます。

最初に取り上げるのはイギリスの作家エミリー・ブロンテのWuthering Heights(邦題『嵐が丘』)。このWutheringという語、普通の辞書では原形のwutherすら出ていません。これはイングランド北部の方言で、「風が激しく吹く、うなりをあげて風が吹く」といった意味の動詞です。wutheringはその現在分詞で、Wuthering Heightsを直訳すれば『風が吹きすさぶ丘』ということになります。エミリー・ブロンテが生涯を過ごし、小説の舞台ともなったイングランド中部に位置するハワース一帯は、急な丘が続き、年中強風が吹いていて、強風にじっと耐えるかのようにヘザーあるいはヒースと呼ばれる灌木が丘一面に生い茂り、立つ木は吹き付ける強風のために傾いてしまっているような気候条件がたいへん厳しいところです。そのような気候風土に、小説の中心人物、ヒースクリフの狂気とも言えそうな熱情を合わせてみれば、『嵐が丘』は、原題の訳としてまさに名訳と言ってよいのではないでしょうか。この邦題をつけたのは東大名誉教授の英文学者、斉藤勇。孫に殺されるという、非業の死を遂げました。

次はもっと気楽に、映画007シリーズから、You Only Live Twice。ご存じでない方はこの先をお読みになる前にぜひ自分なりの邦題を考えてみてほしいと思いますが、その前に作品について簡単に触れておきましょう。この映画の中で、ジェームズ・ボンドが所属する英国情報部MI6は、敵の目をくらまずために、実際に葬儀まで行ってボンドの殉職を演じます。敵の油断をついて、死んだはずのボンドが活躍するわけですが、さて、この邦題、『007は二度死ぬ』と言います。直訳すると『あなただけが二度生きる』ですが、これではスパイ・アクション映画のタイトルとして何ともしまりがありません。同じ状況を表しつつ、「生きる」ではなく「死ぬ」という刺激的な語を、「二度死ぬ」という非現実性を加えて使ったタイトルは、スパイとして死と隣り合わせで生きる緊張感を見事に表しています。

もう一つ、派手さはないけれども個人的に好きなのが『風とともに去りぬ』です。原題はGone with the Windでほぼ直訳と言えますが、この邦題の優れた点の一つは、goneという完了形の訳に「ぬ」という文語をあてたことによって、タイトルが厳かさを帯びているところです。さらにはこの小説・映画、いったい何が「去ってしまった」のでしょうか。夫のレッド・バトラーのことなのかもしれないし、嵐のように去って行った南北戦争の動乱の時代のことを言っているのかもしれないし、いろいろ想像できると思うのですが、そう思わせるのも、原作そのもののストーリーだけではなく、タイトルに主語がない、ということも大きな要因と言えるのではないかと思います。原題ともども印象深いタイトルです。

小説や映画の原題を和訳するには作品そのものを知らなければなりませんし、さらにはそうした作品が生まれた社会的・文化的背景についてもある程度の知識が必要でしょう。ほんの数語の翻訳ですが、名訳を生み出すにはたいへんな労力が要求されます。優れた邦訳タイトルの例はほかにも数多くありますが、一方で、原題をそのままカタカナにしただけで、タイトルを見ただけでは本編の内容も雰囲気も伝わってこないものが最近特に増えてきているように思われます。残念なことですが、翻訳家の皆さんにはがんばっていただいて、この先も邦訳タイトルの妙味を味わっていきたいものです。

(英語課・N)

『心が雨漏りする日には』 中島らも(2014年02月04日)

中島らも

編集制作会社の編集者も出版企画書を作成する機会が増えてきました。出版元から「こういう企画書をください」と依頼を受けた場合、要望に添った企画書を提出しなければなりません。またいざというときのために、思いついたものを書きためておくことも必要でしょう。

企画書のスタイルは様々ですが、一般的には「タイトル」「企画趣旨」「想定読者層」「構成」が必要な要素となります。またここに「サブタイトル」や「キャッチコピー」が加わる場合もあります。
「サブタイトル」「キャッチコピー」を考えることは、企画内容を把握していないと書きづらいものですから、これらを考えることには意味があります。また、それなりの労力とセンスが必要と思います。

メディア関連で「コピーライター」という職業があります。ある時期非常にもてはやされたことがありました。バブルといわれていた時代に、当時売れっ子だった糸井重里が「コピー1行書いて1千万円」と発言したことがあったからだと思われます。

名の売れたコピーライターには、上記の糸井重里氏(代表作:「おいしい生活。(西武百貨店)」ほか、仲畑貴志氏(代表作:「愛とか、勇気とか、見えないものも乗せている。(JR九州)」)などがいますが、なかでも異彩を放ったのが中島らも氏でした。

らも氏は1952年兵庫生まれ。印刷会社、広告制作会社の営業を経てコピーライターとなりましたが、他に小説家、戯曲家、随筆家、俳優、広告プランナー、ミュージシャンという顔も持っている異色の人です。広告の仕事では、雑誌『宝島』での「かねてつ食品」の広告『啓蒙かまぼこ新聞』が有名です。

著書の数も多く多彩で、長編小説『今夜すべてのバーで』、エッセイ『中島らものたまらん人々』、朝日新聞日曜版連載の人生相談コーナーをまとめた『明るい悩み相談室』などが代表作といえるでしょうか。

今回取り上げた『心が雨漏りする日には』は、らも氏の半生と自身が患った躁鬱症との闘病記となっています。ワーカホリックだったらも氏が、創作上のプレッシャーから次第に鬱病、やがては躁病にかかりながら、治っては仕事をし、仕事をしてはまた患うという様が明るくもリアルに描かれています。

今年はらもさん(つい、さん付けをしてしまいます)が亡くなってから10年目。本書は、「創作」について、また「仕事」と「体」と「病」ついて、いろいろと考えさせられる1冊です。

(書籍編集課・T)