編集部便り

編集部便り【2015年】

多摩川中流域幻想紀行(2015年04月13日)

echizu-1

swim

『多摩川散策絵図』 (アトリエ77 作・画/村松昭)

高度成長期の始まりとともに多摩川の汚染は加速度的に進行した。昭和40年代には中流あたりでも水質の悪化と悪臭が大問題となり、そこで泳ぐなんてことは自殺行為に等しかった。
しかし、その後の住民と行政の努力の結果、川の浄化が進み、今では一時姿を消していた鮎が再び多摩川を遡上して、中流域でも生息できるほどにまで川は復活している。
多摩川は、本来の豊かさを確実に取り戻しつつあり、近い将来、かつてのように川沿いに川魚料理の店が軒を連ねる風景が見られるようになるかもしれない。

多摩川の歴史や魅力を伝える書物はいろいろあるだろうが、自然は実際に触れるべきもの、と言ってなかなか現場を訪ねる時間もない、あるいはどこに行くのがよいか迷ってしまう、という方には『多摩川散策絵図』がお薦めだ。
何気に眺めているだけで楽しめるし、発刊時より評判の絵地図だからご存知の方も多いと思う。が、別にこの絵地図のよさを伝えたいわけでもないし、多摩川の魅力云々という話をしようというわけでもない。書物や画像を通して「すてきな」多摩川のイメージをつかむことは簡単だが、実際に行ってみて予期せずして出会う光景は、それが非日常的なものであればあるほど貴重なものになる。

水がきれいになり、河原の悪臭も消えた今の多摩川中流域では、河原でのBQなどは珍しくもなく、夏には川で泳ぐ若者や家族連れの姿も見られるが、川で泳ぐと言って思い出すのが、晩夏の夕暮れどきに一人水泳の練習をしていたあるメタボな中年男の姿である。
彼は、ただ漫然と泳ぐのではなく、中流にしてはかなり急な流れに逆らって必死にクロールで泳いでいた。80キロは優に超えるかと思われる堂々たる体格のその男のクロールはブルドーザーのごとく力強かったが、自然の力にはかなうべくもなく、力泳むなしく川の流れに押し戻されていくその様に、傍観者たる我々は笑いを禁じ得なかった。

復活した中流域で遭遇した光景としておそらく生涯忘れることができないのは、河原を散歩していて偶然行き着いた某HL氏宅。大人の背丈も超えるほどの草むらに囲まれた細い道を進むと突然視界が開け、鮮やかな青色の某氏宅が姿を現す。その前はちょっとした広場になっていて、今にも破れそうな金網で囲まれた大きな「檻」の中に野良犬とおぼしき20匹ほどが飼育され、その前にぽつんと立っている木には1頭のやせたヤギがつながれている。盛んに吠える犬たちと対照的に、ヤギはほとんど身動きもせず、ただ静かに突っ立っている。
かれこれ10年ほど前の話だが、彼(面識はないが、家主はおそらく男性だと思う)は今もヤギたちとともにそこに暮らしているらしい。まさに突然非現実の世界に迷いこんだかのような感覚を覚えたのだが、このような感覚はそうそう味わえるものではない。

多摩川が復活するにつれて、奥多摩まで足を伸ばさなくてもある程度は自然を楽しめるようになった。また、多摩川のほかにも、かつての清流を取り戻そうとしている都心部の河川が増えてきているのは喜ばしいことだ。しかし、手放しで喜ぶわけにはいかない、現代ならではのマジで恐ろしい現実がある。
ペットとして飼育することを放棄して危険な外来生物を河川や湖沼に捨てる不逞の輩が後を絶たず、実際、多摩川でもピラニアやアリゲーターガー、ワニガメなどの凶暴な水生生物が捕獲されているのだ。高度成長期の汚染が著しく改善されたと思いきや、生態系の破壊という新たな危機が、再び人間の手によって確実に進んでいる。

やはり多摩川では泳がない方がよい。

(英語課・N)

『もぎりよ今夜も有難う』 片桐はいり(2015年02月13日)

もぎりよ今夜も有り難う・文庫

もぎりよ今夜も有り難う(旧・似顔絵入り)

『もぎりよ今夜も有難う』 (幻冬舎/キネマ旬報社)

映画を観に行って入場の際、係にチケットを渡し、ふと係の人の顔を見たら「片桐はいり」だった……としたら、さぞや驚くことでしょう。
ひょっとするとそんなことが本当に起きるかも知れません。

本のタイトルは、言うだけ野暮なのですが、「何それ、知らない」という人のために、石原裕次郎主演『夜霧よ今夜も有難う(1967年)』のパロディです。(本書の中身も一編一編、映画のタイトルがもじってつけられています)
著者の、女優・片桐はいりさん(名前を聞いてピンとこない人も、強烈な個性のある顔を見れば思い出すはず)は18のころから7年間、銀座4丁目の交差点、和光の裏にある映画館「銀座文化劇場」(現在のシネスイッチ銀座)で映画のもぎりのアルバイトをしていました。本書はそのもぎり時代を中心とした、著者の映画と映画館への賛歌であり、感謝の言葉です。映画と映画館とその時代への恋文と言ってもいいのかもしれません。

「もぎり」といっても今ではわからない人も多いと思います。劇場、映画館の入場口に立って、お客からチケットを受け取ってはミシン目で切り離し、半券を返す係のことです。(実は私も経験しています)半券を捥るから「もぎり」です。詳しくはウィキペディアを見てみましょう。ちなみに売り場、または売り場の人は「テケツ」と言います(チケットから)。

本書を読み進むと、彼女の映画に対する思い、また映画館や映画館で働く人たちへの熱い思いがはっきりと伝わってきます。一時期熱心に映画を観ていたこともある私は、映画と過ごした古きよき時代への郷愁や感傷が呼び起こされていきました。
彼女が女優になってからの話で、地方に行ったときに折々映画館巡りをするエピソードの数々は特に印象深く読みました。
石垣島にある日本最南端の映画館「万世館」の話、今どき○○○○(ネタバレ防止のため一部伏せ字にしています)のある兵庫県豊岡市の「豊☆劇」の話(この劇場はどうやらその後リニューアルされ近代的な複合型劇場になったもようです)、かつて山形県酒田市にあったという世界一と謳われた劇場「グリーンスウス」と、その姉妹館で映画『おくりびと』に登場した「港座」の話などなど。
また、本書の中には参加型の映画(今で言えば「アナ雪」を派手にしたような、と言ったら少しイメージできるでしょぅか)『ロッキー・ホラー・ショー』(1975年イギリス製作、ミュージカルホラーコメディ映画)の話が出てきます。当時は日本でも仮装した観客が、映画を観ながらスクリーンのシーンとシンクロして、歌えや踊れや、歓声を上げて大騒ぎ─ということがありました。(興味のある方はDVDを借りて鑑賞してみてください)この映画も当時の池袋文芸座(名画座です。現・新文芸座)で観ていたので、「そういうこともあったなぁ」などと脳みその側頭葉がムズムズした次第です。
シャイな日本人でも、そんなふうに映画を観るというか参加していたというか、そんな時代もあったんですね。

「わたしは映画館出身です」と主張する片桐さん。女優になった今でも、無性にチケットをもぎりたくなるのか、求められればあっちの映画館、こっちの劇場とロードショー館、名画座を問わず、出かけていっては一日もぎり嬢を買って出るとのこと、すなわちそこで冒頭のような事態が出来(しゅったい)するわけです。
彼女の住んでいる町はJR京浜東北線の名画座がある某町。どうやらそこの名画座が一番遭遇率が高そうです。
で、私としましては、週末、番組がいいときなどは極力某町へ出かけていき、その名画座で観てみようか。あわよくば、ひょっとしたらの邂逅が…などと考えているわけなのです。

この回、下げ(オチ)はついておりません。映画好きの皆様(そうでない方も)にお読みいただければ幸いです。

(書籍編集課・T)

鈴木邦男さんの対談集(2015年01月29日)

91WJk+Vt9pL

『愛国者の憂鬱』(坂本龍一,鈴木邦男/金曜日/2014年1月)

一般に対談集は読みやすい。話し手の視線は読者の方に向いていないようで向いてもいて,私たちは質問したり意見を言ったりしないけれど,よい対談では,聴衆参加型で話がどんどん深まる「白熱講義」を受けているような気分を味わいます。

一水会顧問の鈴木邦男さん(1943年生まれ)は,昨年2冊の対談集を出しました。そのうちの1冊,この『愛国者の憂鬱』について最初にひとこと。オビの「教授、右翼と何の密談ですか!?」はステロタイプで意固地で下品で悪趣味です。それはさておき話があっちゃこっちゃ飛び,脱線し,盛り下がったり熱くなったりをともかくも構成し,一本筋を通すのには大変な編集力が必要でしょうね。しかも対談の場合はコーディネート,進行から既に編集の緊張が始まっている訳ですしね。

「世界のサカモト」(坂本龍一は1952年生まれ)のお父さん,坂本一亀氏は,三島由紀夫や高橋和巳を担当し,『何でも見てやろう』の小田実を世に出した大物編集者だったそうです。若い人は,三島は知っていても,あるいは高橋和巳を知らないでしょう? 文学ではありませんが,玄洋社の頭山満とか聞いたことありますか……少々バイアスが掛かっている上に誤りもありますが,編集担当渾身の脚注が大いに参考になりますよ。

もう1冊は孫崎享氏との『いま語らねばならない 戦前史の真相』(現代書館)。内容の充実と深刻さ(?)からいったら断然こちらです。脚注も金曜日に比べて適確そのもの。

時代ですね。ついこのようなタイトルばかり採り上げてしまいました。

(英語課・K)